編集後記

第132号 2010/3/20(土)
 私たちは、幸せに生きるために、「考える(思考)」ことを教育され、また、それを当然として生きている。しかし、考えあぐねて一生懸命生きている割には、幸せと感じることが少ないのは、なぜだろう。
 今回の唯識先生の生命の羅針盤(本紙3頁)では、先生はこう説いている。「思考パターンが、こころの自由を奪い、自分のホンネから遠ざけてしまっている」と。どきっとした。考えていることがホンネだと思っていたからだ。しかも、いつも同じ思考パターンにはまって、もがき苦しんでいる。
 先生は、思考、感情、意思を「自我」と言っている。花を美しいと思うのも、物を発明して、人の役に立ちたい、というのも自我であり、何が正しい悪いと判断するのも、何かに腹を立てるのも自我である。しかし、それは、地球上の生物の中で、唯一、人間だけに与えられたものであり、文明を発展させ、技術を向上させている大事なものですよと。
 この自我の扱いが問題のようだ。
自我に振り回されること、それがすべての苦しみの源になっているという。
 唯識先生はやさしく説いている。
静かに客観的に自分の思考パターンを、思考をはさまず見つめなさいと。
 「ただ感じることが大切なんですよ」唯識先生の言葉は、思考でがんじがらめの自分のハートにじんわりと響いてくる。
第131号 2010/2/20(土)
 成功者は運がいい。
自分のまわりを見渡しても確かにそうだ。なぜか。本当は、運というのは誰にも平等に巡ってきていて、その運をつかむか、逃すかという差だという。運を独り占めしているような、ある企業のトップは言われる。「例えば、素晴らしい人に会っても、その人にほれ込んで勉強する人と、会ってお茶を飲むだけですぐ忘れる人では、大きな差がついてくる。みんな同じようにチャンスは訪れているけれども、それを生かしていないだけなんですよ」。
 成功者の共通点は、人との出会いを非常に大切にしていることと、何からも学べ得ようという柔軟な姿勢があるように思う。
 今年も年始から、多くの成功者と出会う機会に恵まれた。そこで、また新たに共通点を見つけた。それは、自分自身の貴重な体験から得た、成功の秘訣を出し惜しみすることなく教えてくれることだ。
 成功者は、得るばかりで無く、惜しみなく、運をひとに分け与え、巡らせているのだ。
第129号 2009/12/19(土)
 土鍋の出番が多い季節になった。我が家では、冬になると土鍋が大活躍であった。しかし最近、キッチンがIHに変わってから、すこぶるその登場は少なくなってしまった。料理をする暇も無い自分にとって、大きな土鍋で時間をじっくり掛けて煮込んだおでんなどは大のご馳走であるのに。
 土鍋のマジックはすばらしい。
土鍋を使うと、どんな料理もひと味もふた味も違う。素材の栄養価を壊さず、少ない調味料で旨みを引き出すことができ、しかも保温力に優れエコロジー。また、火に掛けたコトコトいう土鍋の姿には、なんとも幸せな満たされた気分になる。
 しかし、外食で意外と少ないのが鍋料理。何人かで囲んでいただくイメージがあるためか、外食では気楽なメニューではなさそう。今や、お一人様鍋などというものが出回っているが、やはり、鍋は愛する仲間とわきあいあいとつつきあいたい。
 IHでも使える土鍋も種類が豊富との情報。今年はひとつ新調し、まずはお一人様鍋で身もこころも温まるとしよう。
第128号 2009/11/21(土)
 職人気質という言葉がある。
自分の技術を探求し、それに自信を持ち、金銭や時間的制限などのために、自分の意志を曲げたり妥協したりすることを嫌い、納得のいく仕事だけをする。また、利益を度外視してでも技術を尽くして仕上げる傾向をいう。
日本では、こうした昔気質を持つ職人が、高度経済成長期の頃から減少しつつあると言われている。
 自己表現を作家というのであれば、人に喜ばれようと仕事に打ち込むのが職人、とある作家が言っていた。
 東濃にも、人々が喜ぶ顔を夢見て、さまざまな分野の若手職人が育っている。人の足を引っぱるような事件が多いこのご時世、ひとを喜ばせたいという職人気質とは、なんと気高いものなのであろう。
 こうした職人が多く生まれるのは、この地域の誇りである。陶器というものつくりの歴史の深い土壌があるからだろう。
 職人たちの生み出したものに触れた人たちの喜ぶ顔が、より大きな世界へ広がるよう、応援していきたい。
第127号 2009/10/17(土)
 文化、芸術、スポーツの秋である。
しかしなぜ、秋なのだろう。漠然とした疑問が以前から頭をもたげる。
 今年の夏、長野の松本市へ幾度か訪れる機会に恵まれ、その地の豊かな芸術に触れることができた。
多治見市は今年も日本一を誇示するかのような猛暑日の最中のことである。
 松本市はなぜ、芸術、文化が育つのだろう。感心しつつもこれまた疑問。
 この地のとても爽やかな空気に触れて、その理由がわかった。
 風土である。
爽やかな空気を肌で感じ、安らぐ感覚の中、ふと目を向けたのが、木々や花や空だった。
酷暑と戦う日々にはとてもその余裕はない。我に返る感覚に似たものである。
 秋は人間の持つ五感が整うのであろう。
 秋という素晴らしい季節を、五感を研ぎ澄ませて満喫したいものである。
第126号 2009/9/19(土)記者のつぶやき
 9月21日は敬老の日。
その辺りの連休を「シルバーウィーク」というらしい。
 先日トーク番組で、元気なシルバー世代の代表格、加山雄三さんが若さの秘訣をこう答えていた。
「常に心がけているのは『三カン王』。一つ目のカンは関心、二つ目は感動、三つ目は感謝。
何にでも関心と好奇心を持って挑戦し、そこで体験したことに素直に感動する心を忘れず、またそうあることに感謝をしている」と。若大将らしい説得力ある名言だった。
 よく「あの人は気が若い」などと簡単にくくってしまうけれど、気が若い人は体も若く、その逆もまた真なり。
 人は誰でも年を取る。でも、何気なくみえる日常とは、明日という「初めて」の積み重ね。そこで何かに出会い、感じ、今日より新しく進化する自分に会える。加齢もそう考えてみると、華麗な未来が待っていそうだ。
(長)
第125号 2009/8/15(土) 記者のつぶやき
 昔から、早起きは三文の徳という諺がある。
夏の早朝は、日中の暑さが信じられないほど、清々しく、空気が澄んでいる。
 徳を探して、縁あって参加した、早朝6時から始まる「モーニングセミナー」。普段はまだ布団の中。すでに会場には、きりっとした姿、さわやかな笑顔と挨拶。こんな世界もあるのかと、軽いショックを受けた。
 セミナーで拝聴した話は、有意義で心に響いた。今回、取材を通して、いろいろな徳、得に出会った。ジョギング、太極拳、美味しい朝定食を提供してくれる店など。たった1時間の早起きが、もしかして人生に大きなプラスになるかもと期待がふくらむ。
 でも、慣れないことをしたばかり、原稿を仕上げながらの昼下がりは、睡魔との戦いである。(田)
第123号 2009/6/20(土)
 知人が転職で職場を去った。自らの夢を実現させるために。
この不況の時代に、と周りから散々冷や水を浴びせられていた。
 大学を卒業して数年、目的もなく就職し、その場に馴染むことだけの日々としていたことは、傍目からみていても察するところであった。
その彼から、夢の実現は非常に難しいが、ぜひ挑戦したい、と告白されたときの目の輝きが印象的だった。社会に順応し、現状を維持しようと保身に入っている自分には、うらやましくさえ思った。
 「挑戦する」とは、なんてエネルギッシュで今を生きている言葉なんだろう。一度きりの人生、いつでも、やりたいことに失敗を恐れず挑戦する勇気を持ち続けたい。
第122号 2009/5/23(土)
 大いなる女性、である。
自分の母、子どもを抱えて仕事をこなす友人らを見ていてつくづくそう感じる。
母親の仕事は実に多い。しかも、さぼれないものばかり…。
会社の仕事と違い、部下に振れない。彼女らは、最優先順位を家族に置く。
自分のことだけを考えて生きている私は、頭が下がる。
 社会で生きていくうえで、物事を白黒つけられない場合に数多く遭遇する。
そんな中で、比較的女性は、ことをバランスよく折り合いをつけていく能力が高いように思う。たおやかさというものであろう。
 実にうまく家庭と仕事の切り替えをしながら、社会で活躍する、母である多くの女性たちに、あらためて敬服する。
第121号 2009/4/18(土)
 新年度がスタートしました。山々の芽吹きの季節は、不思議と何事にも前向きになれ、やる気が起きますよね。冬から春へ、日照時間が延びることが関係しているとのこと。微妙な変化を捉え、この季節を新期の始まりとした日本人の感性に関心します。
 各界での日本の活躍が目立ちます。WBCも日本は連覇を決めました。厳しい社会状況だからこそでしょうか、その活躍が一層心強く感じられます。
 「さくら」という呼び名が、先が割れ(割(さ)く)ている花びらの集合(複数のら)からきているという一説があります。そんな細部に及ぶものを見る感性が、多くの活躍の源にあると感じてなりません。
 力まず感性を大事にしたい一年です。